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日米開戦前夜、四年後の敗戦は正確に予言されていた 平均年齢歳、「総力戦研究所」の若きエリート集団が出した結論は「日本必敗」。それでもなお開戦へと突き進んだのはなぜか。客観的な分析を無視し、無謀な戦争へと突入したプロセスを克明に描き、日本的組織の構造的欠陥を衝く。〈巻末対談〉石破 茂×猪瀬直?. 著者は昭和21年生まれであり、「昭和16年~20年の昭和の戦争」を体験していない。私は昭和15年生まれであり、嫌と言うほどこの戦争を体験した。その後「昭和の戦争」については多数の著者による「戦争後日談」を読み感じた事(本書では問題にしていない事)がある。日米開戦を始めた日本の戦争責任者の一人は東条英機だという事が、本書や他の書物でも書かれており、これに対しては私も異存はない。問題は「昭和16年夏の戦争」を「なぜもっと早く終戦に持ち込めなかったのか、責任者は誰か」と言うことである。昭和20年2月に、近衛文麿・元首相は「敗戦は遺憾ながらもはや必至」と昭和天皇に戦争終結を訴えるが、軍部に押されて本土決戦を決定する。せめてここでやめていれば、東京大空襲や沖縄戦は防げたであろう。広島や沖縄への原爆投下も無かったかもしれない。開戦責任は問わないとしても、終戦責任は昭和天皇にあるのではないか?

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昭和16年夏の敗戦 新版 中公文庫 い108 6各界の著名人が絶賛 日本的組織の構造的欠陥に迫る、全国民必読の書 〈広く読まれるべき本。講演で何度もすすめている〉 小泉純一郎元内閣総理大臣 〈データを無視し「空気」で決める。 この日本的悪習を撤廃しないかぎり、企業の「敗戦」も免れない〉 冨山和彦経営共創基盤代表取締役CEO 〈これは過去の歴史では?.  内閣総力戦研究所が昭和16年7月末から9月初旬に亘り南方戦争を仮想演習し「日本の敗北」という結果を導き出した。だからそれを熱心に見学していた東條英機陸相は総理大臣就任後には日米和平交渉の妥結に尽力したが、ハルノートを受諾できず対米英開戦を決定した。 12月16日の第78回帝国議会において東條首相が国民に説明した開戦理由は、ハルノートの対日要求中の次の三点「帝国の支那及び仏印よりの全面的撤兵」「南京政府の否認」「三国条約の破棄」の受諾が不可能であったからである。 だから東條内閣が対米英開戦を決断した原因は、近衛内閣が参謀本部の猛反対を恫喝してトラウトマン和平工作を打ち切り悪名高い第一次近衛声明を発表して支那事変を拡大長期化させ、三国同盟を締結し、汪兆銘の南京政府を正式承認し、仏印進駐を強行したことに他ならない。 従って日本が無謀な対米英開戦へと突き進んだ原因の分析とは、三次にわたる近衛内閣、近衛文麿の分析でなければならないのに、猪瀬はそれを行わない。 本書に登場する昭和陸軍の良心たる堀場一雄中佐は、参謀本部戦争指導班員としての数々の警告を発したが、その一つ「今や国民政府相手にせずの自らの声明に束縛せられ軽率なる新中央政府樹立乃至態度決定は百年の悔を遺すものなり」が現実化してしまったのに、猪瀬直樹はそのことに昔も今も全く気付かない。つまり猪瀬は本書に我が国が無謀な戦争へ突入したプロセスを克明に描いてもいなければ、日本的組織の構造的欠陥を衝いてもいない。 そもそも昭和16年3月に陸軍省戦備課が約2ヵ月に及ぶ物的国力の分析から対南方武力行使に成算がないことを陸軍省部の主務者と首脳陣に説明し、彼らに南進を断念させたが( 大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌 昭和十六年三月二十七日の条)、独ソ戦勃発確実という情報が陸軍省部内に断固南進強行論を復活させたのである(機密戦争日誌昭和十六年六月六日の条)。 猪瀬が、尾崎秀実の作為戦争工作と軌を一にするこの奇怪な「南進論の復活」を分析しないまま、陸軍省戦備課の分析結果を後追いしただけの内閣総力戦研究所を過大評価しているのは洵に滑稽で、猪瀬直樹は大東亜戦争の真実を全く把握していないのである。 本書の読者が、続いて堀場一雄の遺書というべき 支那事変戦争指導史 269~272頁にある戦争指導班の「昭和十四年七月五日事変解決秘策案」と、支那事変の解決を妨害し我が国を対米英戦へ誘導した朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎らゾルゲ機関の謀略活動、近衛内閣の意図、近衛文麿の正体、そしてソ連スターリンの世界戦略を現代に伝えている尾崎秀実著作集なかでも「尾崎秀実、西園寺公一が雑誌等に論文を執筆して汪兆銘工作が日本の執るべき唯一の道であることを強調していた」という犬養健の証言(現代史資料24ゾルゲ事件4)を裏付ける尾崎秀実の戦時論文「汪精衛政権の基礎」(公論昭和十四年十一月号)を収める 尾崎秀実著作集第2巻 とを併読すれば、近衛内閣によって強行された汪兆銘(精衛)政権の正式承認こそ日本の敗戦であり、悲劇の根本原因が防諜法および治安維持法の運用の拙劣であったことを悟り、猪瀬の錯誤に呆れ果て、以下の岸信介の遺言の正しさを痛感するだろう。「知友のラジオ日本社長、遠山景久君が、某日、『岸先生、大変な本を見付けました。是非第一読下さい』と持参されたのが、この三田村武夫氏の著書であった。読む程に、私は、思わず、ウーンと唸ること屡々であった。支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。 国際共産主義の目的は、この著書でも指摘しているように、大東亜戦争の終結以降は筋書どおりにはいかず、日本の共産化は実らなかったものの、国際共産主義の世界赤化戦略だけは、戦前から今日まで一貫して、間断なく続いていることを知らなければならない。往年のラストボロフ事件、又、最近のレフチェンコ事件などは、ほんの氷山の一角にすぎないのであろう。」(三田村武夫著 大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 319~320頁。)

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